御子の卓越性とその栄光

礼拝説教「御子の卓越性とその栄光」(1)2022年5月8日

聖書 コロサイ人への手紙1章15~17節 母の日

(序)1章15~20節には、「キリストの卓越性とその栄光」が記されています。キリストと神との関係、万物との関係、教会との関係があります。①神のかたち(15)、②全被造物より先に生まれた方(15)、③万物の創造者(16~17)、④教会のかしら(18)、⑤死人の中から最初に生れた方(18)、⑥神の徳が満ち満ちておられるお方(19)、⑦和解者(20)なるキリストが描かれています。この7つの項目を本日と次回に分けて見て参ります。

一、神のかたち(15節)

 15節に、「御子は、見えない神のかたちであり」とあります。父なる神は、近づきがたい光の中に住み、人間がだれも見たことがなく、また見ることの出来ない方です。その父なる神を、私たちに見せて下さったのが、人となってこの地上を歩まれてくださったイエス様です。主イエスは、人として私たちの間に住んで、見えないお方を見せてくださいました。父なる神の聖と愛というご本質を見せてくださったのです。それは、主イエスが、父なる神とその本質において同質であること、すなわち神ご自身であることを示しています。ヨハネの福音書14章9節において、主イエスは、「わたしを見たものは、父を見たのです」と言っておられます。主イエスのみが、ご自身を神だと言っておられるのです。

 15節に「見えない神のかたち(エイコーン)」とありますが、創世記1章27節の「神は人をご自身のかたちとして創造された」とあることと考え合わせると、何と勿体ないことでしょうか。そうでありますのに、私たち人類は、罪を犯し、神から離れ、神の似姿を失ってしまいました。しかし、主イエス様は、第2のアダムとして、私たちにいのちを与えるために来て下さったのです。 

     

二、全被造物より先に生まれた方(15節、17節)

 第2の事は、「全被造物より先に生まれた方」ということです。言い換えるなら「先在のキリスト」ということです。「先在のキリスト」とは、受肉し、人として生まれる以前から存在しておられたキリストということです。ヨハネの福音書8章38節をご覧ください。「アブラハムが生まれる前から、『わたしはある』(エゴー・エミー)なのです」(58節)と言われた主イエスの言葉が記されています。この「わたしはある」(エゴー・エミー)とは、神様ご自身がご自分について言われる場合にだけ使われる特別の言葉であり、かつて「あなたの名は何といわれますか」と尋ねたモーセに、主なる神が「わたしは『わたしはある』という者である」(出エジプト記3章14節)と答えておられるのと同じ言葉です。すなわち、主イエスは、アブラハムが生まれる以前から存在している神であることを明確にしておられるのです。

もう一度、コロサイ人への手紙1章17節をご覧ください。主イエスは、「万物に先立って存在し」とあります。異端の教えは、昔も今も、キリストの神性、すなわち神としての本質を認めません。しかし、主イエスは、神と同じご本質の「見えない神のかたち」であり「すべての造られたものより先に生まれた方」すなわち「万物に先立って存在し」ておられたお方です。

三、万物の創造者(16~17節)

 16~17節は、主イエスの万物に対する関係が示されています。すなわち、キリストは、

①万物の根源たるお方です。「御子にあって(in Him)造られ」とあります。キリストは、一切の根源であり、一切は、キリストのうちにあるのです。見えるものも、見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、一切の根源は、主イエスにあるのです。キリストから離れていのちはありません。一切は存在しないのです。

また、キリストは、②万物の造り主です。「御子によって(through Him )造られ」たのです。創世記の初めにおいて、神が「光りあれ」と言われたとき、キリストは、そこに「ことば」として創造に参与されたのです。旧約聖書において、「ことば」は、単なる話し手の意志を示す記号ではありません。力と権威を持った人格的働きをなす「力ことば」なのです。

③万物の創造の目的は、「御子のためだ」というのです。「御子のために(for Him )」とは、一切が「御子のために」という目標と意味を持っているのです。ですから、万物の存在に意味があり、私たちの人生に意味があるのです。

④万物の保持者です。17節後半に「…万物は御子にあって成り立っています」とあります。ヘブル人への手紙1章3節では、「その力あるみことばによって万物を保っておられます」とあります。 同志社大学の創始者、新島壌は、創世記1:1の言葉で人生が変えられたと言われます。実に万物を造り、保っておられる主は、私たちを新たに造り変え、保ち続けて下さるのです。

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。」(箴言3章5~6節)

(結論)主イエス・キリストは、私たちの必要と私たちにとっての最善の道を知っていてくださる方です。ですから、主を信頼し、すべての道で主を覚えて歩みましょう。